男鹿半島を吹く風は……暮しの風景
御役屋の松
Photo by Tetsueko

Index暮し234・御役屋の松・男鹿線2なまはげライン2小屋


〈御役屋おやくやの松〉

ここは船越公民館の正面玄関。「お役屋の松」がどんと構えています
佐竹藩主は、毎年鷹狩り、鹿狩り等で男鹿に猟遊され、その度に船越に宿をとった
と記録されています。船越地区の「お役屋、代官所」を中心に、街道、町並みが
整備充実されたと推察されます。
(Tetsueko)
   

男鹿は豊かな森林と海を持ち、秋田藩の大財源地であり、隠し財産的要素もあった。
ここには〈郡方御役屋〉が置かれ(1804〜1818)、貢租のチェックや、
異国の船からの防備にも当たった。この松は当時、御役屋の庭に植えられていたもの。

わたしが通っていた〈船越小学校〉はかつてここにありました。(Tomoko)
 
  


   

〈貴栄山・円応寺えんのうじ

私の生家、貴栄山・円応寺は親鸞を宗祖とする真宗大谷派の末寺である。
室町時代に天台宗から改宗、以後、六百余年を代々の住職が継いできた。」
(粟津號『季節はロマン・ポルノ』より)
   

月見れば水のふるさと思うかな  静薫

船越出身の俳人・貝塚静薫が大正末年に詠んだ句。八郎潟を有する船越には露月などの
著名な文人がしばしば訪れている。荻原井泉水が句会を開いたのは昭和6年6月。

黒衣の歌人粟津祐逸は;

はろばろと海につながる潟口の
群れだす鴨に落
目軍かがよふ


Copyright Tomoko Office Website. All rights Reserved.